日本語教育こぼれ話

はじめての日本語

 日本語学校というとどんなイメージを持ちますか。日本語を教えているというとたいていの人は、じゃあ英語ができるんでしょうといいますが、たいていの日本語学校では直接法で教えるので、教室では日本語だけしか使いません。
クラスの中には、中国人をはじめ様々な国の人がいます。ですから、共通の言葉は日本語になるわけです。
では、あいうえおもわからない人にどんな風に日本語を教えるのでしょう。はじめは授業と平行してひらがなを教えていきます。
 3日ほどで、ひらがなの導入を終わりますが、その間に、耳から文型と語彙を導入していきます。
文型積み上げ式といって、まずその文型に必要な語彙を導入、
たとえば、

一課の文型1:これは本です。を導入してみましょう。こ、そ、あ、どの導入も必要です。

作業1:本、机、いす、窓、黒板など、実際のものをさして、教師は「本」「黒板」「いす」などといい、学生に繰り返させます。

作業2:教師はそれを手にとる、あるいはそのそばにいってそのものに触れ、「これは○○です。」といろいろのものについて何度も言って聞かせます。

作業3;話し手にとっての「これ」は聞き手にとっては「それ」に変わります。

「これはほんですか」「はい、それは本です」学生が発するべき答えは「それは本です」なので、学生にそれがわかるように手で学生側からこちらを指し示しながら、自問自答を何度も繰り返します。5〜6回聞かせていると、学生はこたえたがってむずむずし始めます。そこへ「これはほんですか」と教師が質問し、同じように手で学生側からこちらを指し示すと、こちらの意図がわかった学生は「はい、それは本です」と答えます。あまり意味がわからなかった学生は鸚鵡返しに「はいこれは本です」と答えます。そのとき教師はもう一度「はい、それは本です」といい、学生全体にもう一度正しい答えを言わせます。そのようにして次々と○○の部分を変えて、全体に質問します。
 
 次に教師は本を一人の学生の前におき、その学生に「○○さんそれは本です。」と3回ぐらい聞かせ、それから「○○さん、それは本ですか。」と質問し、○○さんに「はい、これは本です。」と答えさせます。これで両者のそばにあるものが、それぞれ、これ、それになることを教えます。

 次に、両者から遠い「あれ」を導入します。両者から遠いものをさして同様に答えさせます。この答えはどちらにとっても「あれ」ですからこれは簡単です。

作業3:次は否定の答えの出る質問をします。「これはいすですか」「いいえ、それはいすではありません」同様に違うものを示して否定の答えを出させます。同様に、「これ」「それ」「あれ」で質問を繰り出し、「はい」「いいえ」の答えが学生の口から自在に出るまで練習します。
           
板書:黒板に人の絵を二人書き、これ、それ、あれの関係を確認します。 
         
文型は これは ほん です。
    
    これはほんですか。
      はい、それは ほん です。   
      いいえ、それは ほん では ありません

     (下線部には これ、それ、あれが入れ変え可能です。)

     ここまで、約20分です。ひとつの文型を導入するのに、このような手順を必要とします。
     その後、一人ずつの練習をしていきます。
注:「それ」について、日本人は少し遠いものについても言いますが、この段階では、混乱を招くので、除外します。

 1課にはその他
「これは何ですか。」
「これはAですか、Bですか。」
「あれもAですか」
「いすはどれですか」
などの文型がありますが、こ、そ、あ、どがわかれば後は同様に各文型について、何度も聞かせ、言わせ、理解したところで、個別に確認していきます。

 直接法は、段階を追って、文型を積み上げていかなくてはならないので、提出の仕方には細心の注意が要ります。
直接法でフランス語を習った或る人の話では、はじめに教師が、語彙からはじめずに文型から入ったのでそのクラスの学生は全員が「これはかさです」というのをかさの名称だと思い込んで練習を続けたそうです。
 日本語を教えるということは、各課に出てくるすべての文型について、このように細心の注意を払って、段階を追い、文型を積み上げていかなければなりません。そういう意味で、非常に難しいといえます。課を追うごとに少しずつ語彙・文型が増えていくわけですが、教師は既習の語彙と文型をしっかりと把握し、新しい語彙は、既習の文型と語彙で、新しい文型は既習の語彙と文型で教えるというこの基本をけっして忘れずに導入をして行かなければなりません。初級のこの時期の授業はまさに教師にとっては肉体労働です。
 けれども10課を過ぎたあたりから、学生の語彙も増え、何とか会話は成立するようになってきます。そうなると楽しみがどんどん増えてきます。たとえば日本人の大人に、英語を教える場合、日本人は中学高校大学と基本的な文法は習ってきているはずですから、少しぐらい導入のやり方を間違えてもどうということはありません。すでに知っているものとしてあとは練習をさせていくだけですよね。
 でも日本語学校では、複雑な文法もすべて一から教えていくわけですから、学生がどんどん上達をしていく様を見るのは教師にとってとても誇らしく感じるものです。



発音の難易傾向

はじめの一ヶ月が学生にとっても教師にとっても大変な時期だ。

 日本語だけの授業に慣れさせるために、本を開けさせない、大きい声で反復する、頭の中から自国語を追い払う、先生の発音をよく聞く、口をよく見てまねる、など。学校英語以外に語学の勉強をしたことのない学生にとって、この一ヶ月はどのように語学を習得していくかの基本を身につける正念場でもある。読み書きはできても会話、聞き取りには一種の才能もいる。発音の悪いものは初めにできるだけ矯正しなければならない。発音が悪い場合はたいてい耳も悪い。


 中国では四川省、香港がある広東省の学生は日本語の発音が苦手だ。上海人が一番発音がいい。北京、東北地方まあまあ、など同じ国でも地域によってずいぶん違う。これは方言とも関係がある。

 中国、台湾の人にとって、 「だでど」と「なねの」と「られろ」は発音も難しいが聞き取りはさらに難しいようだ。 
 また「ばびぶべぼ」と「ぱぴぷぺぽ」については半濁音は問題がないが、濁音は難しい。

 日本人が、中国語を勉強する際。[ng]「n」の区別や「魚」「猪肉」「日」などの発音はとても難しい。

英語の「r」と「L」の区別がしにくいのと同じだ。

韓国人が苦手な発音は、語頭の濁点。「ドア」が「トア」に「ぎんこう」が「きんこう」に、これはきいてもまったく区別がわからないので、紙に何度も書いて記憶するそうだ。そのほか「つくえ」が「ちゅくえ」 「ぜんぜん」が「じぇんじぇん」になりやすい。これは早いうちに矯正すれば直りやすい。
韓国語は日本語と同じ膠着語なので語順はほとんど同じ、また助詞は日本語と対応するものが多く、習得についてはモンゴルと並んで、非常に早い。

カンボジアの学生も発音で苦労する人がかなり多い。「やゆよ」は母語の干渉で「じゃ、じゅ、じょ」に近い音になる。「びょういん」も「び」と「ょ」の間に「し」のような音が入る。

タイの学生は「つくえ」が「すくえ」になる。これは英語圏の学生も同じだ。


スペイン語、イタリア語圏の学生の発音はかなりいい。またモンゴルも非常にいい。

バングラディシュ、インド、スリランカなども難のない発音をする。方言が多いため日常的に広い範囲の音を聞いているからだろう。「外国語はインド人のように習え。」という言葉もあるらしい。インド人の外国語習得は早いようだ。

またアフリカからの人も発音がよい。これは母語以外に英語やフランス語を学ばざるを得なかったからだろうか。

自分の苦手な発音が何かを早いうちに知ることが上達につながる。

教師は色々の国の言葉を習った経験があればあるほどいいようだ。
学生の気持ちにもなることができるし、学生の間違いがどこからくるのかがわかると言うことは、効率的に教えられるということでもある。
しかしあまりその国の言葉が流暢でもかえってそれが邪魔になることもある。学生は教師がその国の言葉を話さないからこそ、一生懸命日本語で意思を疎通させようとする。それが大きな動機付けになるということである。たとえ、その国の言葉ができても、学生には悟られないようにしなければならない。