日本語学校の日々


4月入学式

 桜 の花の元、不安と期待にあふれた新しい顔が次々と集まってくる。
ある学生は保証人や親戚と、ある学生は先輩や同国の学生と。一人で来る学生もいる。
 受付で 学校の案内とそれを各国語に翻訳した冊子をもらう。
 入学式では校長の歓迎の挨拶の後、先輩たちが歓迎の辞を述べる。
「私たちも半年前までは皆さんと同じ、日本語がわからず不安だったものです。でも半年経った今、このようにうまく日本語が話せるようになりました。」と、とくに優秀な学生のよどみない日本語が流れる。そのあと、3人の学生がそれぞれ中国語、韓国語、英語で自分たちが如何に後輩を歓迎しているか、日本での勉学の日々をどう過ごしたらよいかのアドバイスを述べる、各国の先輩たちは、それに呼応するように、どよめき、拍手をし、後輩たちを歓迎する。
緊張感がほぐれる瞬間だ。

その後オリエンテーションが中国語、韓国語、英語の教室に分けて行われる。
各教室でこの学校の年間の生活を紹介するビデオを見る、これでこれからの1年どのように学びどのように過ごすべきかのアウトラインがわかる。疑問があれば、先輩の通訳を介して詳細を確認する。

新入生たちはもうすでに来日時にプレイスメントテストを受け、その成績に従って、クラスが決められている。オリエンテーションの後教室に入り、授業がはじまる。


学生の名前について

 教室でははじめに名前が確認される。
 どんな名前で呼んでほしいかを学生に聞く。
 中国の人の名前はたいてい、日本語読み。たとえば鄭清華はテイセイカさん 。
 これは日本人の名前が、中国では中国語読みされるのと同じである。
だから日本人が中国語を習うときはそのクラスでは中国語読みで呼ばれる。
 韓国人の名前は、韓国語読みである。
 鄭英子ならチョンヨンジャさん。
その代わり、日本人も韓国では日本と同じ発音で呼ばれる。
 小泉純一郎は、韓国でもコイズミ氏(ジュンイチロウ)である。
  これは新聞でも同じ。
 在日の人がカミングアウトをしたとき、韓国語読みにするのは、何も日本人に対して、それを強調するためではない。
 歌手などは中国の人も現地読みに近い名前を付けるが、これとは少し違う。
 彼らは世界を意識してそうするのだ。
 英語では現地読みをするから。
 英語では、毛沢東はMao Zedong。
 世界にはばたく芸術家は現地読みのほうが活躍の場が広がる。
 タイ、スリランカ、フィジーなどでは人の名前が大変長い。
 だから教室ではどの名前を使うか、頭を絞る。


新入クラス
クラスはレベル別に構成される。既習者のクラスでは、はじめに自己紹介をしてもらいどの程度のレベルかを測る。うちの学校は半年前には合格を発表するのでやる気のある学生は来日前にそれなりに日本語を覚えてから来ようとする。

だから、まったく初めての学生ばかりのクラスはひとつだけだ。
そのクラスではあいうえおから導入するので、進度はゆっくりだ。
ひらがなを一日で導入し、それと平行して、オーラルの授業をする。
ひらがなペンマンシップの宿題を出し、三日間ぐらいは毎日、フラッシュカードで覚えたかどうか確認しつつ、オーラルの授業は平行して進んでいく。
中国の学生はすぐ覚えるが、非漢字圏の学生にとっては大変。
しかし非漢字圏の学生は、オーラルの練習は得意だ。
文字を覚えたかどうかは毎日のディクテーションテストでも確認する。
大体覚えたところで、教科書を読ませる。

その間2課は進んでいるが、オーラルの練習がきちんとできていれば、本を読むのが少々遅くなっても問題ない。授業の進め方についてはこのHPの日本語教育こぼれ話を見てください。


はじめの一ヶ月


入学したからといって安心はできない。
これからの一年日本での大学、大学院、専門学校へ向けて、受験戦争が始まるのだ。

毎日四時間の授業。宿題は山のよう、予習復習をしなければとてもついていけない。
語学の勉強の方法を知っている学生は問題ないが、※直接法に慣れない学生も多い。


今、学生がどこで躓いているのか、教師は常に目を光らせていなければならない。
重点高校を出ている学生はある程度勉強の方法を知っている。
しかしもともと勉強に向いていない学生もいるし、普通高校へは行けなくて、職業高校へ行った学生もいる。
そういう学生には細かく勉強の方法を指導する。
毎朝必ずダイアログを暗唱させる。
習った課の文型語彙を使ってのディクテーションテスト、毎日五文程度聞かせて書き取らせる。
これがきちんとできない学生は復習をしていないし、生活が規則正しく行われていない。
外国での生まれて初めての一人暮らし。
自分の暮らしをコントロールするだけでも四苦八苦しているのに、そのうえの語学学習
教師は学生の身になって、忍耐強く励まし、目標を設定して、少しでもそれに近づくよう頑張らせる。
遅刻、無断欠席は決して許さない。
教師がそれをいい加減にしていると、学生は次第にルーズになる。
彼らはこれから、一年、あるいは一年半勉強し、大学等へ進学しなければならない。
親御さんは彼らの将来のために大変な思いをして授業料、留学の費用を払っているのだ。
たいていクラスに2〜3人は手のかかる学生がいる。たいていは中国から来た学生。
本HPの「いろんな学生」の項の中国2で述べたような学生だ。
しかしはじめの一ヶ月の厳しい訓練がうまくいけば、後は慣れてくる。
生き生きと授業に臨むようになる。語学の学習は楽しくなければ意味がない。
教師もこのころからだんだんタズナを緩めて、やさしくなる。

連休が終わるころから、学生が使える語彙が飛躍的に増えてくる。
日常の簡単なことは媒介語なしで、なんとか通じさせられるようになる。
大体一課から始まるクラスなら、この一ヶ月で、初級前期が終了する。
教師も授業がだんだん楽になり、学生との距離がぐっと縮まる。


※直接法:日本語だけで日本語を教える方法である。日本ではたいていの日本語学校で使っている       方法。 クラスの構成メンバーの母語はさまざまなので英語や中国語を媒介にして日本語を教えることはできない。

 

 クラスの学生たち


 授業が始まって2ヵ月。
ひらがなから始まった学生もそろそろ初級の前期が終了する。
 動詞の変化も て形(〜てください、〜ています) ない形(negative form) 辞書形 た形(過去のshort form)も終わり、連体修飾の文が作れるようになっている。
 連体修飾は英語で言えば関係代名詞というところ。
これからは初級後期だ。

この辺で、どんどん差が開いてくる。
クラスの中で、同じ国の人とばかり話す学生と、ほかの国の人とできるだけ日本語で話そうという人とは上達のスピードが違う。
また国によっても違う。

 今回のクラスを紹介しよう。
中国3名、台湾3名、韓国2名、イタリア1名の9人のクラスである。

 韓国、イタリアはどんどん上達する。
教室内ではほとんど日本語で話すからだ。
 また韓国語は膠着語で、もともと日本語と語順も同じだし、助詞も似ている。語彙さえ覚えればかなり上達は早い。

 このクラスの韓国人は女性二人、ソウル出身。
  二人とも大学を卒業してから留学してきた。
そのうち一人は卒業後2年間イギリスに留学している。
もう一人はビジネスビザで会社の命令で日本語を勉強している。
イギリスに留学していたHさんは、静かで、穏やか。非常によくできるが、鼻にかけず、優しく忍耐強い。
ビジネスビザのTさんは、仕事の経験があるからか、なかなか主張が強い。
授業中に「先生これはどういう意味ですか。」
「私はここがよくわかりません。」などといろいろ質問をする。
こういうはっきりした学生はわかりやすいので、すぐに親しめるし、授業に活気が出る。

 このクラスのイタリア人、Jさんはカトリック教会の神父さんである。
 教会の命令で2年間この学校で勉強する。
彼はフィリピンで5年間布教をしており、その際マニラの大学で教育学を学んだ。
イタリアでも大学を卒業している。フィリピンは英語が公用語なので、英語はもちろんタガログ語もそこでかなり勉強したらしい。
彼の話によると、タガログ語は日本語と語順が似ているので日本語習得についてはあまり問題がないそうだ。
32歳だが、非常に覚えがよく、知的で、勉強の仕方を知っている人だというのがよくわかる。ふっくらと肉付きがよく、明るく、あたたかい、いかにもイタリア人という感じの人だ。
クラスでも人気者である。
大学院教育学研究科進学希望。誰とでも日本語で話すので、上達のスピードは速い。

 中国人は三人いる。
黒龍江省出身で上海体育大学を卒業した体育研究志望の学生。
筑波大学大学院の体育経営管理研究科に入るつもりらしい。
よく勉強する明るいハンサムな青年だ。

吉林省長春市出身の23歳、
日本語はクラスで一番よくできる。国公立大学の理系志望。
国では2年制の電力学校を卒業している。

山東省出身のGさんは非常に発音が悪い。
完全な矯正は不可能である。
二十歳で、クラスの中で一番若いのにどうしたものかと今頭を痛めている。
 聞き取りも悪いので、導入のときはどうもあまりよくわかっていないらしい、
 しかし毎日努力して復習するので、定期試験は90点以上取るという驚きの青年ではある。しかし会話は蚊の鳴くような声。あまり初めに厳しく矯正しようとしすぎたかな。

 台湾人は三人。女性ばかりだ。
台湾でもう大学を卒業しているSさん。
理解も早いし、語彙も豊富だ。 
この学校を卒業後は専門学校で観光の勉強をしたいらしい。
明るくさわやかな芳紀28歳のお嬢さんだ。

 Oさんは中華航空のスチュワーデスとして、世界中を飛んだらしい。 
政治大学を卒業後4年間中華航空に勤務、その後一年間英国に留学している。
そして今年からは日本語習得のために日本に来た。
語学は得意らしい。
小さい間違いはあるけれどもとても勘がいい。
背の高いすらっとしたかなりの美人だ。

 Kさんも卒業後観光を勉強する。
彼女は台湾の職業学校卒業なのでどうしても日本の大学に入らなくてはならない。
だから必死である。しかしあまり語学は得意じゃないらしく、以前日本のほかの日本語学校で日本語を毎日2ヶ月も習っていたというのに、主語、述語、助詞その他並べ方がむちゃくちゃで何を言っているのかさっぱりわからないという状態が約2週間続いたが、今ではかなりましになった。

最近、女子の学生は観光志望が多いようだ。

最近日本の大学でも私学は観光学科を作るところが増えている。

旅行会社への就職人気は相変わらず高いらしい。